論語 憲問 二十二

白文


子路問事君。子曰:「勿欺也、而犯之。」


訓み下し文


子路、君に事《つか》ふるを問ふ。子曰はく:「欺く勿《な》かれ、而して之を犯《をか》せ。」


語釈(その他)

・犯…通説と異なるが、おそらく「犬」字はもと「へその緒が首や身体に巻きついた胎児」(これを卷絡というらしい)を指した。古代人の死生観では、あの世の楽園に住まう魂がつき落とされたこの世は地「獄」であり、子宮に「伏」せる胎児はいまだ魂の宿らない「器」(器の旧字)であった。その意に反していたためだろうか、母の陣痛とともに「突」(突の旧字)然とこの世に姿を現した魂はわが身に降りかかった運命を前にして「狂」(小篆の字形では「犭」偏は「犬」に置き換わる)ったように「哭」くのである。抜き差しならぬ事情を抱えた両親の下に産まれた赤児は産婆の手によってすぐあの世に「戾」(戻の旧字)されたが、産後の疲れ果てた母の瞳から溢れ落ちる「淚」(涙の旧字)が頬を這うのを止めることは誰にもできなかった。しかし、幸運にして母の腕に抱かれて育てられる魂もこの世で修練の道を歩むさだめに生きるのである。無邪気であどけない笑顔をほころばせる産まれたての赤児はこの世に生きる術を知らないどころか、自分の手足すらも満足に動かすことはできない。『説文解字』に「犯」字は「侵也。从犬巳聲。」とある。もし「犯」字の「㔾」が本当に「巳」であるならば、「犯」字の原義は「妊娠させる」ことである。一方、『説文解字』に「侵」字は「漸進也。」とあり、その比定された小篆の字形を見ると、神の見えざる両手(あるいは上昇気流)に支えられて大きく翼を広げた鳥がゆっくりと天空に舞い上がる様子を指しているから、「〔ある時間や境地などに〕なる。接近する。」(漢辞海)の意ととれる。
・勿欺也、而犯之…子路の問いに答えた「孔子」は「君に事《つか》ふる」ための規範としてただ一言だけ正直であれと説いた。そして仕えるべき主君の居る高みへ自らも近づく努力を怠らないように「士」の本分を教えたのである。

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